栃木県足利市D毛野・富田地区
古墳名 墳形 規模 石室 評価 分類・寸評
正善寺古墳 前方後円墳(半壊) 有り A 寺と一体型・墳丘の上にも墓地がびっしり
付近の小円墳 円墳 無し B 祠の土台型・墳丘植木鉢型・趣はある
口明塚古墳 円墳(復元整備) 有り A- 石室鉄格子タイプ・石室は大きい・運動公園内にある
海老塚古墳石室 無し(かつて円墳) のみ C- 石室の一部を公園に移設したもの
西根古墳群 群集墳 有り C+ カルデラ火山型古墳・石室がことごとく崩壊している
勧農車塚古墳 前方後円墳(半壊) 無し C- 寺の裏山型・4分の3壊で超イマイチ
おとか山古墳(仮称) 円墳(半壊) 無し B 田んぼ浮島型・墳丘に椰子の木風・南国無人島型
どど山古墳(仮称) 不明 無し C- 田んぼ浮島型・戦没者慰霊碑が立っている
岡崎山古墳群 群集墳 不明 C- どこに古墳があるのかさっぱり解らんぞタイプ

正善寺古墳 説明看板を表示
全長88mと大型の前方後円墳だが、墳丘中央のくびれ部に正善寺の本堂が建ち、前方部・後円部とも完全に墓地化している。ひと回り歩いてみると前方後円墳であることは良く解る。石室付近の保存状態は良好。
後円部と石室付近 賽銭箱が何だか唐突
間口はやや狭いが、入ってみると意外と広い 石室マニア至福の時

最近の状態 上記の調査の直後、石室付近がリニューアルされて、弁財天が祀られていたことが判明。
石の鳥居と石灯篭が奉納され、屋根の柱も補強されて赤く塗られた。1つの古墳に寺と神社が同居しています。

付近の小円墳 正善寺と同じ町内(常見町)のご近所さん。
古墳を示す看板等はないが付近の環境から判断してたぶん古墳。
祠の土台型。墳丘を富士山に
見立てて浅間神社を祀っている。
別角度から 墳丘植木鉢型
上に生えてる杉が市の天然記念物

口明塚古墳 
山川公園内にある大型の円墳。復元整備されているものの、2段築成の端正な外観と巨大な石室はポイントが高い。市の教育委員会に問い合わせれば石室内の見学も出来るらしい。
公園に着陸したUFO然とした外観 別角度から
鉄格子に噛り付く石室ジャンキー 入口左上にライトのスイッチがある。

海老塚古墳石室 
かつては市内で最も大きな石室を持つ円墳だったが、平成2年に区画整理でツブされて、山川公園内に石室の下部のみ移設されている。

西根古墳群
所在地:足利市大沼田町 鹿島園温泉(昔の足利マリンパレス)の南西の尾根の南側に分布している約120基からなる群集墳。ほとんどの石室が崩壊(破壊?)していて墳丘中央部がカルデラ火口のように陥没している。写真には写ってないけど右の方からジワジワと墓地化が進行していて古墳の運命はもはや風前のともし火状態。
申し訳程度に標柱だけ立っている 最も目立つカルデラ墳2基
右上の写真の左奥の古墳・手前に墓地の資材 左の古墳のカルデラ・天井か奥壁が転がっている
別のカルデラ墳 群集墳の一部・山中には写真写りの悪い墳丘多数有り

勧農車塚古墳
所在地:足利市宮北町 前方部は痕跡もなく後円部も高庵寺の本堂と庫裏に削られていて、半壊どころか全体の4分の3は壊れている。大きいことは大きいんだけど・・・という古墳。
北西から 西から

おとか山古墳(仮称)
所在地:足利市稲岡町  墳丘に小さなお稲荷さんが祀られている。なぜ「おとか」かというと「稲荷(いなり)」を音読みすると「とうか」で、「お+とうか」がつづこまって「おとか」となったらしい。「稲岡」という地名はもしかしたらこの古墳に由来するのかもしれない。墳丘の東半分(写真右側)が削り取られている。

どど山古墳(仮称)
所在地:足利市西場町  通称どど山。名前の由来は解らない。古墳であることはほぼ間違いないが、墳形はかなり崩れていてよく解らない。地域の戦没者の慰霊碑が立っている。
南側から 北側から

岡崎山古墳群
所在地:足利市寺岡町 岡崎山というちょっとした丘陵上にある群集墳。標柱まで立っているがどこに古墳があるのかさっぱり解らない。足利市内には、ここと同様に丘陵上や山腹に星の数ほどの夥しい群集墳があるが、状態はどこも似たり寄ったりで大部分はただの山林にしか見えない。
(補)その後の調査で石室跡1基と墳丘らしき盛り上がり1基を確認した。
岡崎山の南にある元三大師・正月には初詣で賑わう 本堂右手の水子地蔵の看板の右奥に石室跡がある
石室跡・お地蔵さんの後ろが奥壁 本堂左手後ろ・古墳っぽい
北側から・一応標柱も立っている。
取り敢えず古墳っぽい所。自然の山(丘)の上にある群集墳なのだが、これは古墳だと確信の持てるような墳丘は確認できず。

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